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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)5326号 判決

原告 高橋惣太郎

被告 渥巳こと曽根勇太郎

主文

被告は原告に対し金十四万円及びこれに対する昭和三十一年八月二十二日からその支払ずみに至るまで年六分の割合による金員の支払をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮にこれを執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一、二項同旨の判決及び仮執行の宣言を求める旨申し立て、その請求の原因として

(一)  被告は曽根渥巳という氏名を用いて昭和三十一年二月十二日訴外有限会社天狗自動車商工を受取人として、満期をそれぞれ(1) 昭和三十年三月十二日、(2) 同日、(3) 同年四月十二日、(4) 同日、(5) 同年五月十二日、(6) 同日、(7) 同年六月十二日とする外、いずれも金額二万円、振出地、支払地各東京都墨田区、支払場所株式会社北陸銀行浅草支店と記載した約束手形七通を振出した。すなわち右手形七通の振出名義人は曽根渥巳となつているが、これは被告が銀行取引の関係で未成年者である被告の子曽根渥巳の氏名をかり用いたもので、その振出人は被告であり、被告が右手形振出人としての責任を負うべきものである。

(二)  そして右手形の受取人である有限会社天狗自動車商工は右手形七通を訴外真野徳之助に裏書を譲渡し、真野は更に昭和三十一年三月三日これを原告に裏書譲渡した。

(三)  そこで原告は右手形七通の所持人となつたので前記(1) の満期昭和三十一年三月十二日から(4) の満期同年四月十二日までの手形四通をその各満期に支払場所に呈示して支払を求めたところ、その支払を拒絶された。

(四)  よつて原告は被告に対し右約束手形金合計金十四万円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和三十一年八月二十二日からその支払ずみに至るまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴請求に及んだ、

と述べ、被告の抗弁事実を否認し、立証として甲第一乃至第四号証の各一、二及び第五乃至第七号証を提出した。

被告は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として原告主張の事実中(一)及び(三)の事実は認めるが、(二)の事実は知らないと述べ、抗弁として

(一)  本件各手形は裏書の連続を欠き、原告は正当な所持人ではない。すなわち本件各手形の受取人欄には、すべて「天狗自動車商工」という記載があつて、個人か会社か不明確であり、会社であるとしても如何なる種類の会社であるか不明である。しかるに本件各手形の第一裏書人には「有限会社天狗自動車商工、杉浦秋蔵」と記載されていて、杉浦の右会社における資格について何らの記載がなく、従つて右の記載によれば、第一裏書人は杉浦秋蔵個人であつて、右の会社名は同人の肩書住所を示したに過ぎないのであるから、本件各手形は裏書の連続を欠くものであり、原告は正当な所持人といえないから、原告の本訴請求は失当である。

(二)  仮に右主張が認められないとしても、原告主張の(1) 及び(2) の手形はいずれも満期後真野徳之助が原告に裏書譲渡したものであるから、右裏書は指名債権譲渡の効力しか有しない。しかるに原告は右手形につき指名債権譲渡に関する手続を経ていないから、原告は右手形債権の譲受を以て被告に対抗し得ないものである。

(三)  仮にそうでないとしても、真野徳之助が原告に対してした本件七通の手形の裏書は、原告をして訴訟を為さしめることを主たる目的として為したものであるから、信託法第十一条に違反し無効である。

と述べ、立証として証人大塚正の喚問を求め、甲第一乃至第四号証の各一及び第五乃至第七号証はその各表面の成立は認めるが、裏面の成立は知らない、甲第一乃至第四号証の各二の成立は認めると述べた。

理由

被告が自己の未成年の子曽根渥巳の氏名を用いて原告主張の(1) 乃至(7) の約束手形七通を振出したこと及び右は被告が銀行取引の関係上曽根渥巳という自己の子の氏名を用いたのであつて、その振出人が被告であることは、当事者間に争がない。そうすると、被告は右手形七通の振出人としての手形上の債務を負担するものといわなければならない。そして弁論の全趣旨により真正に成立したと認める甲第一乃至第四号証の各一及び甲第五乃至第七号証の各裏面と成立に争のない右甲号各証の各表面によれば、右手形七通の受取人である訴外有限会社天狗自動車商工が訴外真野徳之助に、右真野が原告に順次右手形七通を裏書譲渡し、原告が現にその所持人であることを認めることができる。

被告は、右手形は裏書の連続を欠くと主張するので按ずるに、前記甲号各証によれば、右手形七通の表面の受取人欄には「天狗自動車商工」と記載せられ、またその裏面の第一裏書欄には裏書人として「有限会社天狗自動車商工、杉浦秋蔵」と署名されていることを認めることができるから、右二つの表示が一字一句全く同一でないことは明かである。しかしながら、裏書の連続があるというためには、手形面に現われた外観上一字一句と雖も差異があつてはならないというのではなく、たとえその間に多少の差異があつてもその主要な部分において異るところがなく社会通念上同一と認識せられ得るものである限り差支がないといわなければならない。これを本件について見ると、第一裏書欄記載の「有限会社天狗自動車商工、杉浦秋蔵」という表示は、有限会社天狗自動車商工を肩書住所とする杉浦秋蔵個人を意味するものとは考えられないのであつて、有限会社天狗自動車商工の代表者杉浦秋蔵を意味するものと解するのが相当であつて、(会社その他の法人が手形を裏書譲渡するには、その代表者が署名すべきであることはいうまでもない)、従つてその裏書人は有限会社天狗自動車商工であるということができる。そして表面受取人欄の「天狗自動車商工」という表示は、「有限会社天狗自動車商工」という表示とその主要部分を同じくしており、この二つの表示は社会通念上同一のものを現わしていると認識せられる得るから、本件各手形は被告主張のような裏書の連続を欠くものではないといわなければならない。よつて被告のこの点の主張は採用しない。

次に被告は本件(1) 及び(2) の手形はいずれも満期後真野徳之助が原告に裏書譲渡したものであつて、右裏書は指名債権譲渡の効力しかないのに、右譲渡については指名債権譲渡に関する手続を経ていないから、被告に対抗し得ないと主張するので按ずるに、いわゆる期限後裏書(満期後の裏書というだけでは足りず、支払拒絶証書作成後の裏書又は支払拒絶証書作成期間経過後の裏書をいうのである)は指名債権譲渡の効力を有するに過ぎないことは手形法第二十条に明規するところであるが、ここに指名債権譲渡の効力しか有しないというのは、一般の譲渡裏書の効力である担保的効力や抗弁切断の効力がなく、移転的効力と資格授与的効力を有するに過ぎないことをいうのであつて、指名債権譲渡の対抗力さえも否定する趣旨ではないと解すべきである。蓋しこの規定は手形法第十一条と異り指名債権の譲渡に関する方式に従うべきことを要求していないのであるから、指名債権の譲渡に関する方式を履践しなくても、裏書の方式にかなつてさえいれば、指名債権譲渡に関する方式として民法第四百六十七条第一、二項に定める債権譲渡の通知をしたと同一の効力を認容しているものということができるからである。(換言すれば、裏書の方式にさえかなつていれば、民法第四百六十七条に定める指名債権譲渡の通知をしたことになり、同条第四百六十八条第二項に定める効果を生ずることとなるものと解すべきである。)しからば、仮に被告主張のように本件各手形につき真野の原告に対する裏書がいわゆる期限後裏書であつたとしても、民法第四百六十七条に定める対抗力はこれを具有するものというべきであるから、その余の点について判断するまでもなく、被告の主張は失当である。

最後に被告は、真野徳之助の原告に対する本件各手形の裏書譲渡は、原告をして訴訟行為を為さしめることを主たる目的として為されたものであるから、信託法第十条に違反し無効であると抗争するが、被告主張のように真野の被告に対する本件各手形の裏書譲渡が原告をして訴訟行為を為さしめることを主たる目的として為されたものであることは、証人大塚正の証言を以てしてもこれを認め難くその他右事実を認めるに足りる証拠がないから被告の右抗弁は到底これを採用することができない。

よつて被告は本件各手形の振出人としてその所持人である原告に対し右手形金合計金十四万円及びこれに対する訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和三十一年八月二十二日から右支払ずみに至るまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を為すべき義務があること明かである。

よつて原告の本訴請求は正当であるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、仮執行の宣言について同法第百九十六条第一項を適用して主文のように判決する。

(裁判官 飯山悦治)

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